結局きょうも、さもあらばあれ

子離れせねばと思うこの頃…

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シリーズ 『あうの心配』④

 自分が第一志望に合格してこの上なく満足なので、次には不幸なことがおこるかもしれないと、ふと心配になったあうである。


 具体的になにが心配かと言うと、新型コロナウイルスだ。心配すぎて海外のサイトの情報を漁ったり政府の対応にまで言及するなど、いつものあうとは一味違う。といっても、自分の罹患を不安がったり、ましてや人類に対して警鐘をならしているわけではない。この母についてである。
 何を隠そう母には糖尿病がある。そのため、新型肺炎になったら重症化し命を失うにちがいないというのだ。確かにそれは重大事だが、そうかもしれないしそうじゃないかもしれない。


 だいたい、幸・不幸の配分が人生において決まっているというような考え自体を、私は支持しない。しかも、合格と感染症は、数学で言うところの独立事象だろう。息子の受験を控えて寝不足が続いているならともかく、受験が終わってのんきに暮らしている今、これら二つに『風が吹いたら桶屋が儲かる』的などんなつながりも今のところ見いだせない。


 ここで気づいた。この世にあうが言うような、幸・不幸のバランスをとる大きな仕組みが働いているとしたら、私たちにはすでに不幸は続いた。この2年間の間に、家族が4人も亡くなったのだ。その中には老人でない私の妹も含まれる。
 あうにこの発見を伝えたところ、すっかり大丈夫な気がしてきたそうである。
 ・・・・文句が多くて申し訳ないが、それはそれでどうだろう。私が新型肺炎やインフルエンザにかかって重症化する可能性が、他の人より高いことはかわらないのだ。といっても、心配しすぎても始まらないので、情報を収集しつつ、冷静に対処したい。


 そういえば、学校の知り合いたちが、ちゃんと希望の学校に進学できるかどうかも心配している。
 自分の受験が終わるまでははっきりいって他人のことなどどうでもよく、極端なことをいうと全員不合格だろうが気にしなかったかもしれないが、いい感じで自分の進路が決定した今は、みんなに合格させてやりたい、という親心に近い気持ちを抱いているようである。成長して大人になったといえるかどうかは微妙なところであるが、気持ちに余裕があるのは確かである。


 そうこうしているうちにE高に繰り上げ合格した。そもそも受験日と立地を理由に受験をしたのであって進学を希望していたわけではない。幸としてはノーカウントなのだと思う。

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